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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和36年(ラ)20号 決定 1962年5月31日

抗告人(債権者) 農林中央金庫

相手方(債務者) 阿久根市漁業生産組合 外一名

主文

原決定を取り消す。

本件を鹿児島地方裁判所川内支部に差し戻す。

理由

一、抗告の趣旨並びに理由、別紙記載のとおりである。

二、当裁判所の判断、

原裁判所は「増価競売はその競売期日に請求債権者の定めた増価金額に達する競買の申込がないときは請求債権者をもつて競落人とするのであるから増価競売の申立人は自己がその競落人となる適格を有するものでなければならない。しかるに、本件物件は農地であつてその競落人となるには農地法第三条所定の適格者たることを要するところ、本件増価競売申立人は右の適格を有しないことが明らかである。」との理由のもとに抗告人の増価競売の申立を却下したものであることは原決定の理由により明らかである。

本件抵当不動産が農地法所定の農地であることは本件記録上明らかであり、抗告人が農地の競買人たる適格を有しないことは農林中央金庫法第一三条に定める抗告人の目的業務と農地法施行令第一条により明らかである。

ところで、競売法第四七条第一項によると競売期日に請求債権者の定めた増価金額に達する競売の申込がないときは請求債権者が自動的に最高価競買申出人となるから、農地について例外なく競売法第四七条第一項の適用があるとの前提に立てば、本件のような農地について競買人たる適格を有しない抗告人に増価競売の申立を許容すると農地法第三条と衝突する結果を生ずる場合がおこるので、そのような虞れのある増価競売の申立は許すべきではないと考えられなくもない。

しかし、他方抗告人の主張するように、請求債権者の定めた増価金額に達する競買の申込があるかないかは競売を実施した上でないと判明しないわけであるし、競売実施前に増価金額に達する競買の申出のない場合のあることを慮つて申立を却下するにおいては抵当農地の第三取得者に恣意に低廉なる評価をもつて滌除させる結果を助長させ、ひいては農地所有者の金融をも阻害することになる。

おもうに農地法第三条の農地についての権利移動の制限はその以前に制定された競売法の予想しないところであつて、競売法第四七条第一項の規定はこれと抵触する後法たる農地法第三条によりその抵触の限りにおいて農地には適用が排除されるにいたつたものというべく、したがつて農地取得不適格者の増価競売について増価金額に達する競買の申出のないときの措置に関し、明示の規定を欠くにいたつたことになるので、右の場合これをいかに解釈運用すべきかを考察するに、これに類似する「外国人土地法(大正一四年法律第四二号)」により土地所有権を取得し得ない外国人抵当権者の増価競売の請求について定めた「外国人の抵当権に関する法律(明治三二年法律第六七号)」の規定の趣旨を準用して、知事の競買適格証明書を有する最高価競買人を競落人とし、滌除権者の提供した金額に一〇分の一を加えた額と競落価額との差額を請求債権者に負担させることにし、あるいはまた、競買適格を有する競買申出人が全くないときは、農地法第三三条により増加競売を申し立てた請求債権者において農林大臣に申し出でて国に当該農地を買い取らせ、その買取価額を右の競落価額に準じ差額を請求権者に負担させるような方法も考えられないこともない。

これを要するに原裁判所が冒頭掲記の理由により直ちに抗告人の本件増価競売の申立を却下したのは失当であり本件抗告は理由があるから、これを取り消し原裁判所に差し戻すことにし、主文のとおり決定する。

(裁判官 岩崎光次 後藤寛治 白井守夫)

抗告の趣旨

原決定を取り消し更らに相当の御裁判を求める。

理由

原決定は本件増価競売の申立を却下しその理由として「増価競売はその競売期日に請求債権者が定めた増価金額に達する競買の申込がないときは請求権者を以て競落人とするものであるから、増価競売の申立人は自己がその競落人となる適格を有するものでなければならない。

然るに農地の競落人となるには農地法第三条各項の定めるところによりその適格を有するものでなければならないところ、申立人はその設立の目的、事業の内容等よりしてその適格を有しないことは明白である」。からであるというにある。

しかしながら、増価競売の申立人は自己がその競落人となる適格を有することを必須の条件とするものではない。例へば抵当権者が外国人である限り、外国人土地法(大正一四年法律四二条)により、土地に関する権利を取得できない場合を生ずる。この場合外国人は増価競売の申立ができないのだろうか。さにあらず、競落人たり得ない外国人たる抵当権者といえども増価競売を請求できるし、ただこの場合「外国人の抵当権に関する法律」(明治三二年法律六七号)に従い「若し競売において第三取得者が提供した金額より十分の一以上高価に抵当権の目的たる権利を売却することができないときは提供金額に十分の一を加えたものと競売価額との差額を負担する旨を附言することを要す」るにとどまるのである。従つてこの場合には、競売法第四十七条第一項の適用はなく、競売期日に請求債権者が定めた増価金額に達する競買の申込がないときでも、請求債権者をもつて競落人とせず、右の差額を負担するにとどまるものと解されている。(齊藤秀夫著競売法、法律学全集二〇一頁参照)だから増価競売は申立人が競落人となる適格を有することを必須の条件とするものではない。第三取得者が提供した金額より十分の一以上高価に競売できないときは提供金額に十分の一を加えたものと競売価格との差額を申立人に負担させて充分目的は達し得るものであり、本件もまた斯く解して然るべきものと思料する。

しかのみならず、本件申立人が必ず競落人とならねばならず、又は右十分の一の差額を負担しなければならない場合が発生するとは断言できない。競売したら申立人の定めた増価金額以上の競買人が出て来るかも知れないし、又出て来る可能性は強いのである。尚ほ、農地法第三十三条によれば民事訴訟法又は競売法による競売手続の開始決定のあつた農地又は採草放牧地について、競売期日、再競売期日又は入札期日において許すべき競売価額の申出がないときは、その競売を申立てた者は、省令で定める手続に従い、農林大臣に対し、国がその土地を買い取るべき旨を申し出ることができるし、農林大臣はこの申出があつたら特別の場合を除き右買取の申入をしなければならず、その申入があつたときは、国は民事訴訟法又は競売法による最高価競買人又は最高価入札人となつたものとみなされることになつている。而してこの「許すべき競売価額の申出がないとき」とは、競落人又は入札人があつても最低競売価額又は最低入札価格以上の申出がなかつた場合だけを指すものでなく、競落又は入札の適格者がない場合をも含むことは明らかである(木村靖二著新農地法二五六頁参照)から、法は増価競売の申立人が競落人たる適格を欠く場合には競売申立人は農林大臣に対し、国がその土地を買い取るよう申し出で、国をして買い取らしめることができるものである。従つて本件の如き場合抗告人が仮に競落人たる適格を欠いたとしても、必ず競落人は出現し得るものである。この場合若し競買価額が提供金額より十分の一以上高価な金額に該当しないときは、前記外国人の場合同様、提供金額に十分の一を加えたものと競売価額との差額を抗告人に負担せしめれば事足ると解する。農地の増価競売に当り競売申立人の競落適格に関しては以上のとおり解すべきであり、法もまたこれを予期して規定してあるものと思う。

然るにことここに出でず、競売申立人たる抗告人に競落人となる適格を欠くものとして本件競売の申立を却下した原決定は違法である。

よつて本抗告に及んだ次第である。

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